投稿日:2009年1月4日|カテゴリ:院長ブログ
 今年は、当方、厄年ということで、初詣に、近所の越木岩神社に行ってまいりました。

あまり信心深くないほうなもので、ほとんど神社参りすることもないのですが、さすがに周りが厄年厄年というものですから、また同級生などもそのように言い出しますと、さすがに気になってまいりました。

お祓いまでする気にもならず、お札だけ買い求めました。



信心深くないものがお札を手にしてもどうかとは思いましたが、、、


 帰ってきてから、おみくじを引くのを忘れておりました。

本日、中学・高校時代の同級生と会う機会があって、三宮に出ますので、

生田神社さんででもおみくじを引いてみたいと思います。

これとて、信心深くなければ、あまり意味はないのかもしれませんね。たらーっ

8 Responses to “初詣”

  1. タッチ より:

    厄年・・・

    先生、何かありますよ!脅すつもりはないのですが・・・

    僕も気にしていなかったのですが、前厄・本厄・後厄と、まさにこの期間に今の苦痛が始まりました。
    しかも親族の急死、父親の転落骨折・・・
    人生のひとつの転機です。

    厄払いをしたからこれだけで済んだと考えればそうなんですが・・・

    今年から弟が厄年に突入です。

    先生に何かあっては大変です、救われる患者たちが・・・

    今まで以上にお体を大切に!

  2. yoshioka より:

    タッチさん>

     了解です!

    熟慮し、行動してみたく思います。

  3. せおいなげ より:

    門戸厄神へいくべし!
    →http://mondoyakujin.or.jp/

    って、厄除けの神なのに「東光寺」?

  4. yoshioka より:

    せおいなげさん>

     なるほど、近所にいいところがあったんですね~

     「厄」には「苦しい、災い、節」という意味があり、そもそも「厄」は「役」に通じるといって、必ずしも「災難に遭いやすい」ことばかりが強調されてきたわけではない。
     長い人生には要所要所で節目があり、肉体的、社会的にも様々な変化による区切りがある。その節目にあたり、あらかじめ心の準備をおこたらないように昔人は「厄年」という習わしを考えた。

     なるほど、これは、注意を怠らず、用心と心構えを持てということなのでしょう。 いつも心がけているようで、油断があるやもしれません。 ましてや、自分のことだけでなく、周囲の人にたいしての気配りも含まれているわけですから、神頼みしてしまうわけですね。

     これは、熟慮して、行動せねば、、、

    せおいなげさん、ありがとうございます。

  5. せおいなげ より:

    そ~なんですよね。

    自分だけじゃないのですね。

    ここがポイントです。

    これも一種の危機管理対策ですね。

    基本は心の準備ですね。(^_-)-☆

  6. yoshioka より:

    せおいなげさん>

     不慮の事態に置いて、いかに不動心で臨めるか、、、格闘技の修練で鍛えたつもりですが、、、まだまだでございます。
     さらなる修行をいたします。

     要は、心の有りようですね。

  7. タッチ より:

    本日リハビリ出勤が終わり、明日から復職です。

    僕は練習嫌いでマイペースな選手でしたから、不動心で臨める自信はないです。

    一度の復職失敗を含め、2年間、社会生活では取り返しのつかないハンディを背負い、一方で諦めず一緒に前進している仲間と交流し、すばらしい先生やスタッフに出会う・・・

    この事実に直面して、僕の心の有りようは、果たして???

  8. yoshioka より:

    タッチさん>

     今を生きている、、、タッチさんに無駄な時間など無かったということです。

     ゆっくり、前に進めばよろしいのではないでしょうか。

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